東京高等裁判所 昭和36年(う)2284号 判決 1962年2月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人を禁錮六月に処する。
原審の訴訟費用は被告人の負担とする。
本件公訴事実中被告人が原判決判示第二の交通事故を惹き起したのにその事故発生の日時、場所その他所定の事項を警察官に報告しなかつたとの点については被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は弁護人坂上富男提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用する。
当裁判所は職権を以て調査するに、原判決は罪となるべき事実第三として、被告人は「前項の記載のとおり事故を起したのに被害者を救護し且つその事故発生の日時場所等法令に定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告することなく現場から逃走し」と判示し、これに対し道路交通法第七十二条第一項、第百十七条、第百十九条第一項第十号を適用しているのである。そして右道路交通法第七十二条第一項はその前段において、同項にいわゆる交通事故があつた場合において、車輛等の運転者その他の乗務員は、直ちにその運転を停止して負傷者を救護し道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない旨を規定し、その後段においては、この場合において当該車輛等の運転者等は所定の事項を警察官に報告しなければならない旨を規定し、前段の違反に対しては一年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処し(第百十七条)後段の違反に対しては三月以下の懲役又は三万円以下の罰金に処する旨(第百十九条第一項第十号)規定している。そこで運転者等が交通事故を起しながら被害者の救護等の措置を講ずることなく且つ所定事項を警察官に報告しないで現場から立ち去つた場合に右前段の罪のほか後段の罪が成立するかどうかについて考えて見ると、旧道路交通取締法第二十四条第一項に基く同法施行令第六十七条第二項は、前項の措置(被害者の救護その他交通の安全を図るため必要な措置)を終えた場合においてと規定していたので、右の場合は同令第一項の罪のみが成立し同令第二項の罪は成立しないことが明らかであつたが、道路交通法第七十二条第一項後段は、単に「この場合において」と規定しているので、「この場合において」というのは、同条第一項前段の交通事故があつたときを意味するのか或は第一項前段の全文を受け、運転者等が負傷者の救護等の措置を講じたときを意味するのか聊か疑なしとしない。しかし前記の如く同条第一項前段の罪に対しては同条後段の罪よりも著しく重い罰則を規定している点及び後段の罪の内容としては当該交通事故の発生した日時、場所及び事故の内容のほか当該事故について講じた措置を報告しなければならない旨規定している点を併せ考えると右後段において「この場合において」というのは、前段全文を受け、すなわち交通事故があつた場合において車輛等の運転者等が直ちにその運転を停止して負傷者の救護等の措置を講じた場合を指し、従つて右後段の規定は交通の安全と円滑を図るに遺憾なきを期するため前段の措置を講じた運転者等に対し更に後段の報告義務を認め、これに違反した運転者等に対して適用し、前段の措置を講ずることなくそのまま逃走した運転者等に対しては前段の規定のみを適用する趣旨と解するを相当とする。してみれば原判決が判示事実第三の前段において、被告人は前項記載のとおり事故を起しながら被害者を救護しなかつたとの事実を認定しながら、更に後段において、所定事項を警察官に報告しなかつたとの事実を認定し、これに対し道路交通法第七十二条第一項第百十九条第一項第十号を適用処断したのは、同法第七十二条第一項後段の解釈を誤り罪とならない事実を有罪としたものでその誤が判決に影響を及ぼすこと明らかである。そして原判決は右判示第三の後段の罪とその余の罪とを併合罪として一個の刑を言い渡しているから原判決は全部を破棄すべきである。
以上の如く原判決は破棄を免れないので論旨(法令適用の誤及び量刑不当)に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条により原判決を破棄し同法第四百条但書により更に次のように判決する。
原判決が適法に確定した事実(判示第一、第二及び第三の前段の事実、なお右第三の前段は「……被害者を救護する等の措置を講ずることなく現場から逃走したもの」となる)に法律を適用すると、被告人の判示第一の所為は道路交通法第六十四条第百十八条第一項第一号に、判示第二の所為は刑法第二百十一条後段、罰金等臨時措置法第三条に、判示第三の前段の所為は道路交通法第七十二条第一項前段第百十七条にそれぞれ該当するので、判示第一及び第三の罪については各懲役刑を、判示第二の罪については禁錮刑を各選択し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断すべきところ、本件は被告人が公安委員会の免許を受けないでしかも飲酒の上判示自動車を運転し、その前方約七十米の道路稍々右側を斎藤喜作が自転車に乗り同一方向に進行しているのを認めながら、警笛を吹鳴せず且つ制限速度をはるかに超える時速約八十粁の高速度でその左側を追い越そうとした重大な過失により、その車体右側前部フエンダーを右斎藤喜作に激突させて同人を路上にはね飛ばしながら被害者を救護する措置をとらずそのまま逃走し、その後被害者をして判示のように頭蓋底骨折により死亡するに至らしめたもので情状極めて重いものがあるが一方被告人に有利な情状をも参酌して被告人を禁錮六月に処し、原審の訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従い全部これを被告人に負担させることとする。
本件公訴事実中、被告人は原判決判示第二の如く交通事故を惹き起しながら所定事項を警察官に報告しなかつたとの点については、前段説示のとおり罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条前段により無罪の言渡をなすべきである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長判事 岩田誠 判事 渡辺辰吉 判事 小林信次)